後藤 倫子
Noriko GOTO

大学を卒業後2年で専業主婦となり、二人の子どもをもうけた後、社会復帰。IT業界から福祉業界へとシフトし、社会福祉士・精神保健福祉士を取得。現在は社会福祉士会に所属し、専門職後見人として活動している後藤さん。公認心理師資格も取得し、仕事の幅を広げ続ける、その思いとは。

〈Profile〉eMC2017年取得、横浜市在住。専業主婦を経て30代40代は外資系IT業界で主に企業の買収合併に携わる。その後福祉の仕事に転身し、現在は専門職後見人。二人の子どもを育て上げ、二人の孫がいる。2022年公認心理師資格取得。

見えない思いに
寄り添っていく仕事

「社会福祉士として、専門職後見人の活動をしています。主な業務は、認知症の方や精神障害のある方の、身上監護と財産管理です。その方が希望する生活スタイルについての意思を見極め、財産をお預かりして管理をする仕事です。その方の意思と財産のバランスも重要です。
 後見人という制度自体は新しいのですが、その考え方は徐々に変化してきています。制度ができた当初は、『被後見人には意思決定能力がない』ということが前提でした。 しかし、今では、『すべての人が何らかの意思決定能力を持つ』という視点が重視されています。どのようにして被後見人の意思を引き出し、見えない思いに寄り添っていくかが、この仕事の重要なポイントだと考えています。実際に関わってみると、正解が見えにくい仕事だと感じています」。

福祉の世界でもEAPを

「後見人業務に就く前は、精神障害で入院している方々の退院支援を行ってきました。 そこでは多くの方々が地域で生活するだけの力を持ちながらも、長い入院生活から、地域に戻ることをためらっている姿を目の当たりにしました。
 精神科病棟に長期入院してしまうと、まず退院が難しくなります。また、退院後に地域での生活に向けてグループホームに入居したくとも、グループホームの絶対数が不足しています。さらに、運良く入居できたとしても、そこから一人暮らし等の地域生活に移行することは、難しいのが現状です。
 他方、欧米では、イタリアのバザーリア法に始まり、精神科病院の廃止を進めています。精神科病棟に入院するのは本当に必要な人々・期間だけで、それ以外の方々は地域で普通に生活しています。私は、これが精神科医療のあり方であると確信しています。
 また、『薬だけではなく、カウンセリング手法を併用することが大切だ』という思いもあり、これがEAP受講に繋がりました。もう一つのきっかけは、福祉の世界に入る前に外資系企業で働いていたときの経験です。
 外資系IT業界では、当時からEAPが存在し、従業員がこれを普通に利用していました。ところが、福祉の世界に入ってみると、福祉の仕事は感情労働の側面が強いため、福祉士自身が精神的に参ってしまい、辞めてしまうことも少なくありませんでした。福祉の世界でもEAPをもっと普及させるべきだと感じ、自分でもこれを学ぶことにしました」。

誰の役に立っているのか
わかる仕事をしたい

今の後見人の仕事、福祉やIT業界と、後藤さんがさまざまな業界に関わることになったきっかけは何だったのでしょうか?
「私が大学を卒業した頃は、政治の勉強をする女性の就職先が全然なく、採用されるのは外資系の企業やマスコミぐらいでした。私は外資系のコンピューター会社に就職したのですが、いきなり地方の営業所勤務になりました。会社の考えと、地方の営業所・クライアントとの考えの違いへの戸惑いが非常に大きく、2年を待たずして仕事を辞め、専業主婦になりました。
早い時期に結婚をして2人の子どもに恵まれましたが、それから離婚する必要がありまして。経理関係の資格を取り、29歳で外資系の会社に就職しました。その当時、外資系企業では、「子どもを持つ女性をもっと登用しなさい」という風潮があり、私は大変得をしました(笑)。
 私自身は、仕事の実力や経験はさほどなかったのですが、子どもが2人いる女性だからということで、マネージャーに昇格できました。さらに、社外でのパーティーなどの場で人脈を広げることができたこともあり、女手一つで子どもたちに十分な教育を受けさせるだけの収入を得ることができました。
 企業買収・合併業務を担当するなかで、株式市場での自社の株価変動を常に監視することが私の所属グループのミッションでした。そのため、決算期が近づくと米国本社や海外の関連拠点との連絡・調整に忙殺され、私自身、誰のために何の仕事をしているのかわからない状態となっていました。
 そんななか、社会のおかげで2人の子どもを育て、自分も幸せに暮らしてこられたので、この先はマイペースながらも、人から直接『ありがとう』と言われるような、誰の役に立っているのかがわかる仕事に就きたいと思うようになりました。
 そこで、子どもたちが学業を終えると同時に、専門学校の通信課程で社会福祉士の資格を取り、外資系企業を退職した後に社会福祉の仕事をするなかで、精神保健福祉士の資格も取りました」。

キャリアの幅を広げていきたい

 EAPの資格を取得し、福祉の仕事をするなかで、単に相手の話を聴くだけでなく、その行間や背景にある想いを意識するようになりました。おかげさまで傾聴が上手になったと思います。
 また、若い人たちと一緒に学べることは、いつも楽しいと感じます。若い人たちが頑張っている姿を見て、もがきながらも大きく成長してほしいと、心から思いました。
 EAPについて学び、去年、公認心理師を受験して合格しました。EAPのバックグラウンドがなかったら、この資格に興味を持つことはなかったと思います。資格を取ったことで、自分の仕事の幅が広がるといいなとも思います。EAPの領域は、職場で働いている方だけが対象になりますが、それ以外にも、心理的支援を必要としている方々がたくさんいると実感します。
 社会福祉のフィールドでは、子どもから高齢者まで、心理的支援やカウンセリングが必要な方、さらには、自分の話を聴いてもらえるだけで明日もやっていけると感じられる方が多くいらっしゃいます。公認心理師の資格取得を通じて、学んだことを活かしながら、自分のキャリアの幅も広げていければと思っています」。

これからの社会への期待

「私は、外資系企業勤務時代に子どもがいたことで得をしたのは事実ですが、それ以上に大切なことは、子どもがいたからこそ逃げ出さずに、これまでやってくることができた、ということです。
 女性は、結婚・出産・育児や親世代の介護等、ライフステージの影響を男性よりも大きく受けます。そのなかで、女性が自由に働き方を変えたり、ライフステージに応じた職種にシフトしていくなど、しなやかに生きていける世の中になっていくことを願っています。
また、女性だけがライフステージの影響を受けるのではなく、男性もこれをシェアするのが当たり前の社会にならなければいけません」。


女性がしなやかに生きていける世の中になることを願って

これからの夢

「歳をとったらやりたいことは、若い頃から楽しんでいた海外旅行を再開させることです。学生時代はバックパッカーでしたし、仕事での海外出張でも、土日をまたぐ時は出張先の近くの観光地巡りを楽しんでいました。今でも目を閉じると、ヨーロッパの地下鉄の売店に並ぶチーズの匂いや、焼きたてのパンの匂いが浮かんできます。
 仕事が一段落したら、またヨーロッパや、まだ知らない国に行き、あまり計画も立てずに『今日はここへ行こう』『来週はあの国に行こう』と、自由に旅行するのが今の夢です」。
 福祉の世界で人生に寄り添う仕事をしている後藤さんだからこそ、傾聴する大切さを感じています。後見人の仕事にやりがいを感じつつ、今日という日も誰かのために、正解が見えにくい仕事に心を尽くしています。