大谷 渉
Wataru OHYA
航空会社で自ら緊急対応ケアチームに志願した大谷さん。大きな喪失体験をもつ方々、コロナ禍で部署を異動した方々、障害者雇用の方々への心のケアや支援にも力を注ぎます。数々の勉強と行動を続ける大谷さんの原動力となっているものは・・・…。
〈Profile〉eMC2021年取得、東京都在住。航空会社 オペレーション・CS。趣味:家族と旅行・食べ歩き、スポーツ観戦、エンタメ鑑賞、読書、大切にしていること:一期一会、ユーモアを忘れない。
もっと学びたい想いのルーツ
旅行が大好きな大谷さんは、幼少期から乗り物好き。特に短い時間で人やモノを運ぶ航空業界のダイナミズムに惹かれ、決して簡単ではなかったそうですが、航空会社に入りました。現在はオペレーションと旅客サービス系の部署にいます。心理学の一端に触れ始めたのは大学生の頃からでした。
「ゼミでHuman resources managementを専攻し、社会心理・産業心理も学びました。心理に関わる部分では働く人のモチベーション、QOLなどもテーマに。その辺に、今の[もっと学びたい]という強い想いのルーツがあると思います。
厳しいゼミの指導教授の下、学生時代に深く勉強したことが、飽くなき探求心を持つ今に繋がっています。また、英語を使って仕事をしたいという願いにも結び付いていますね。勤務先の安全衛生委員会は部署を横断した取り組みもあり、統括委員会にて各部署のスタッフのメンタルヘルスも含めた衛生管理について何年も触れてきました。
ストレスチェックの取りまとめや定期健康診断を促進するため、第一種衛生管理者(国家資格)を取るよう命じられ、取得しました。各部署の合同統括委員会で、運航、整備、貨物、客室や地上のサービス、航空業務以外の内容などのなかで、当然心身の健康の話にも触れます。何か問題があったときには、EAPを活用して、産業医の方も通して、場合によっては臨床心理士などにも繋いで、聴いていただきます。EAPは安全衛生委員会で仕事をしていた頃から非常に馴染みがありましたし、大学のゼミ内容、航空業界でサービス的・工業的両方の内容に触れてきたことからも、勉強したいと思いました」。
美谷島邦子さん『御巣鷹山と生きる』ぜひ知っていただきたい一冊
やり残せないテーマ
「大きなきっかけは、1985年に起きた御巣鷹山の航空事故です。その遺族会の事務局長で精神保健福祉士でもある美谷島邦子さんが、ずっといろいろなところで講演をされていますが、航空業界向けに定期的に講演され、第一に安全への警鐘をいつも鳴らされています。その上で、遺族や犠牲者への心のケアの重要性を長きに渡って強く訴えられています。
例えば、心身障がいを持つ方への支援と同じくらい、国は事故による遺族・犠牲者の方の心のケアを遵守すべきだ、と。航空事故は絶対にあってはならないですが、万が一起こってしまった際には、横の繋がりで会社の垣根を超えてサポートし合えるよう、提携会社とも合同で訓練の機会を行うなど、今の流れになっています。
私の勤務先でも、美谷島さんをお招きしてお話していただき、研修にも活用しています。美谷島さんは男の子のお子様を御巣鷹山で亡くされていて、当時一人で搭乗させてしまったことを長年悔やまれていらっしゃいました。美谷島さんの『御巣鷹山と生きる』という本は、ご自身の傍らに、もう息子様の姿形はなくても、魂はいつも一緒にいるのだよと思えるまでのご自身の心の変遷も記されており、考えさせられます。
私も実際に御巣鷹山に登りましたが、40年近く前の状態がかなり残っていて、本当に静寂で時間が止まったような空間です。ご遺体が見つかった箇所全てに墓標が一つずつ、名前が刻まれて置かれています。壮絶な炭化した大木がそのまま黒ずんで佇んでいて、まるで昨日のことのように残っています。また、ニューヨークの9・11があった、グラウンドゼロのツインタワーがあった跡地にも行きました。そこにも命を落とされた方々のお名前が全部刻まれています。どちらも言葉にできない程、とても衝撃的でした。
もしも自分の勤務先に事故の原因があった場合、遺族の方、犠牲者、あるいは一般のお客様から見たら、自分は加害者側の人間に見えてしまうと思います。かなりの社会的圧力や世間の非難の目の中で、本当に厳しいでしょう。ですが、この勤務先を選んだのは自分です。これは決して「べき論」でもなく自分の職業人生で外せないテーマだな、と心から思いました。航空会社でのキャリアが結構長くなりましたが、本当に最後まで、これだけはやり残して終わりたくないと思う一つがこれで、大きなテーマであり続けています。
万が一航空事故が起こったときの緊急対応チームが組織化されそのなかの一つに、『ケアチーム』といって事故の犠牲者やご遺族の方への対応をするチームがあるのですが、それもあり自分の意思でケアチームにも入り、最大限努力していく所存です」。
シンガポールでの休暇、植物園
過去との折り合い
精力的に活動する傍ら、EMCAークショップで、自身の心にも向き合い始めました。
自分の悩みに折り合いをつけていないと、やはり人の悩みは聴けない。試験前のロープレで何度も痛感したそうです。この経験は勉強していて大きなプラスになったと言います。
「子どもの頃に姉を亡くしております。母は、子どもを亡くすようなことに結果としてなってしまった後悔に、私が10代のときも苦しんでいました。父は忙しく、家族へのケアができていない状況でした。親との関係で、自分も長年苦しんだところがあります。過去に捉われずに[今ここにあること]を親と話し合い、本当は自分の方に向き合って欲しい。なのに上辺だけの関係性になって気持ちが通じ合えない。
それは大人になっても続いていました。親も高齢となり、ケアを考えなくてはいけない年代になりましたが、久しぶりに会うと、ふと昔のこと思い出してしまうのですが、心理の勉強をしているうちに、それも自然なことなのだと思うようになれました。それはそれとして、時間がかかっても少しずつ自分の心のなかの葛藤、過去を100パーセント手放せなくても、折り合いをつけていく。今を見ていけるように多少なりともなったな、と感じています」。
北米出張中、オフに一息
この先にやりたいこと
「この先にやりたいことは、大きな喪失体験を持った方々のケアですね。ケアチームに繋がる長期的な支援も視野に入れています。同時に、ブリーフもできるEAPカウンセラーとしての勉強も続けたい。航空業界は安全第一でその上で限られた時間で高品質なサービスを目指すので「べき思考」に陥りがち、また職種が多岐に分かれており、部署間を大胆に動く人は少なかったのですが、コロナ過でパイが減り組織構造も変わり、大胆な異動も増えています。長期的に休む人も出てきています。
この流れを新しいことができるチャンスと捉えるか、ネガティブに捉えるかはそれぞれ。キャリアと心のケア、統合的な支援が、まさに私の周りでも求められていると感じます。昨今の業界の特性や業務に精通したリーダーによるラインケアや、互いのPEER SUPPORTがまず大切で尽力したいです。
また、障害者雇用の方も働いており支援したいです。障害を持つ方々がより活き活きしていけるようサポートできたらと思っています。そして業界の共通言語が英語なので、心のカウンセリング的な事柄とか、心に触れるコミュニケーションを英語でもできていたいと思います」。
新宿御苑で