渡辺 賢二
Kenji WATANABE
eMCとキャリアコンサルタントのWライセンスを持ち、現在、商社の人事部で社員のキャリア形成支援担当として活躍している渡辺さん。入社以来、ロジスティクス一筋、海外や国内の勤務経験も豊富な渡辺さんを、対人支援の道に突き動かした原動力とはなんだったのでしょう?
〈Profile〉eMC2018年取得、東京都在住。総合商社の人事総務部次長、妻と娘2人。趣味はスポーツ(F1やサッカーの観戦、テニス)、音楽(バンド、カラオケ)、マッサージ、散歩。
きっかけは「無力感」だった
商社の人事部で、社員の自律的なキャリア形成の支援をしている渡辺さん。eMCとキャリアコンサルタント、ふたつの資格を活かして、年間200件もの相談を受けています。約30年、ロジスティクス部門一筋で海外駐在経験も豊富な渡辺さんがeMCを目指したのは8年前、2015年でした。
「当時、部下や周囲にメンタル不調に陥る人が多かったんです。でも、何も役に立てない。そんな自分に無力感や罪悪感を持ったんです」。 そのとき、「ちょっと待てよ、この無力感、昔もあったな」と、蘇ったのが、渡辺さんが大学生の頃、メンタル不調で苦しんでいたご家族に対する想いでした。「そうか、俺、引っ掛かっていたんだ」、と気づいたときから、渡辺さんは新たな一歩を踏み出しました。
手始めに大阪商工会議所のメンタルヘルスマネジメント検定を受験。試験会場を出たところで何気なく受け取ったチラシがリカレントとの出会いでした。
「組織の中で悩んでいる人を支援するのにフィットしているんじゃないかな、と感じて、リカレントに通い始めました」。
eMC資格を取得したのは2018年3月。直後のキャリアチェンジのタイミングに思い切って自ら手を挙げ、人事部への異動が叶いました。
eMC×キャリコンで
支援もカスタマイズ
それから5年。今では年間200件もの個人面談で、会社での今後のキャリア形成に悩む社員へのアドバイスにも携わっています。eMC取得後にキャリアコンサルタントの資格も取得していますが、きっかけはあったのでしょうか?
「相談に来る社員の多くは、問題解決のための具体的なアドバイスを求めている人たちで、その人たちに対して、カウンセリングの傾聴・共感だけでは限界を感じることもありました。キャリアに関する一歩踏み込んだ提案やアドバイスという切り口も必要だと考えて、キャリコンの資格も取りました」。
初めの頃は、「何とかしてあげたい」と、ついつい前のめりになることもあったとか。
「今は、少しは自然体で面談ができるようになったかな。例えば、キャリアのことでメンタル不調になるくらいまで思い悩んでいる人なら、まずは寄り添って丁寧に傾聴していきます。精神状態がプラスマイナスゼロくらいまで戻ってくれたな、となったら、そこから先を一緒に考えていく、という感じですね。一方、元気いっぱいで、さあ次どうしていこうか、というギラギラした人に対しては、キャリコンとしての関わりが中心になりますね。心理カウンセラー一本でもないし、キャリコン一本でもない」。
相談内容や精神状態に合わせて支援をカスタマイズしているんですね。
「そうですね、この匙加減がまさにカスタマイズですね」 と、ニッコリ。笑顔が素敵な渡辺さんです。
「そうそう、FP(ファイナンシャルプランナー)も取得したんですよ。相談を受けていると、退職金や年金に関する知識も必要だと感じて、3級、2級と取得してAFPへ。相談をきっかけに必要な資格を増やしていったら、相談者にとってはもちろんだけど、気がついたらメンタルもキャリアもFPも、他ならぬ自分自身にとってすごく役に立っているから、今の仕事は本当に楽しいですよ」。
必要な資格を数多く取得してきたことを、自然体でさらりと話す渡辺さんですが、定期的に自身の面談をビデオや音声で振り返るそうです。 「お調子者だから、慣れるとワン・ダウンの初心を忘れちゃいそうになるから(笑)」 と照れますが、自身を客観視して振り返り、必要な学びに繋げる姿勢は、なかなか真似できるものではありません。
海外経験豊富な渡辺さんの次の挑戦は、CEAP(国際EAPコンサルタント)。3月からリカレントのEAPのコンサルティングコースも受講しました。渡辺さんの学びは続きます。
日本をもっと元気に
「今年の9月で定年なんです。その後も対人支援を続けていきたいですね。やりたいことはいっぱいあって、EAP領域での支援はセカンドキャリアの再就職先で継続しながら、新たに教育領域での支援活動もしていきたいんです」。
教育領域に興味を持ったきっかけは、会社の採用面接会場だったとか。
「面接の待ち時間に、エントリーシートを必死にそらんじている学生さんたちに違和感を持ったんです。なんで皆こんなに辛そうな顔をしているんだろう?って。そのとき、今のキャリア教育が、「良い会社と言われがちな企業」に入るためのHow To教育、と言いますか、サイズの合わない既製服に無理やり体を合わせようとして躍起になっているのかもしれない、って感じたんです。
努力の末に念願叶って入社した会社でも、自分の価値観にそぐわない生き方、働き方ばかり続けていると、疑問や不満も湧いてくるだろうし、結局、不安に苛まれたり生き辛くなったりして、会社も辞めることになるのは残念ですね。中学生くらいから自分の価値観に気づいてもらえるよう、キャリア教育現場でのサポートを今後のライフワークにしていけるといいな、と思っています。一人ひとりが自分の価値観を大切にすることで、自分らしく生きる・働く、そのために自分の軸・拠り所を見つけてほしいし、そういう人を増やして、日本をもっと元気にしたいですね」。
近い将来、自身の企業経験や海外経験を交えながら、若い人たちと「価値観」について熱く語り合っている渡辺さんの姿が、なんだか想像できます。
譲れない価値観
「ちょっとまわりくどい言い方しますけど、『人との関係性を大事に考えないような生き方と働き方が大嫌い』、という価値観なんです。これは、海外の事業会社の経営に携わっていたときの経験を通じて明確に意識しました。
本社の都合で、事業会社を潰して社員をクビにして帰ってこい、っていう局面が2回あって。1回目は20年くらい前の、2回目はその10年後。そのとき、『本社はクビになる社員やその家族のことを何も考えないのか、人をないがしろにして平気なのか』って強く思ったんです」。
業務命令と自身の価値観のせめぎ合いのなか、渡辺さんが切り拓いた道とは? まず精一杯やりきること、やりきった上で嫌悪感に苛まれたら、「なぜそうなのか?」自問自答して「価値観」にふれること。あとは運を天に任せ、なるようになれ、と思うこと、でした。
「最初のときは、公私ともにお世話になっていた近くの日系企業の社長が、『なべちゃんも大変だな』って言ってくれて、社員もお客さんも面倒見てもらえることになったんです。地獄に仏でした。人のことを大事にしない本社がある一方、まったく関係ないのに手を差し延べてくれる人がいて。
2度目のときは、事業も社員も一緒に引き取ってもらえる譲渡先を見つけることができました。そのときの事業会社っていうのがね、話しているとちょっと泣きそうになるんだけど、若い頃、海外研修員として現地にいたときに設立に関わった会社でしてね。幸運にも譲渡のタイミングに自分がいたことで、清算・解雇ではなく事業譲渡という道を選べた。まさに、捨てる神あれば拾う神あり、という状態でしたよ」
ギリギリの局面、会社の仕事をきっちりやり切ったうえで、社員の仕事と生活を守ることがどれほど大変だったことか計り知れません。それでも渡辺さんは成し遂げました。「理不尽なことで自分らしく生きられなくなってしまう人を少しでも支えたい」。この価値観こそが、困難に打ち勝つ原動力になったに違いありません。
「ちなみに、20年前に移籍した社員2人のうち1人はその後も定年まで勤務して、もう一人はいまだにその会社で現役で働いているそうです。10年前の部下たちも譲渡先で今も働いているそうですよ」。
感慨深そうに話す渡辺さんの優しい眼差しの奥には、きっと当時の社員の方たちの笑顔が浮かんでいることでしょう。自らの価値観に気づき、向き合うことの大切さは、渡辺さんの経験とともに、これから先、多くの若者に伝えられていくのでしょう。日本がもっと元気になりますように!