長久保 逸郎
Itsuro "Simon" NAGAKUBO

30代に勤務先企業の英国法人駐在時に現地スタッフからニックネームとして呼ばれていた“Simon”を自ら「泥くさいもん」「うるさいもん」と呼び、周りからは「人たらし」とも言われるサイモンこと長久保逸郎さん。思いを貫く熱さと勢いは、周りを巻き込み変化させるパワーがあります。

〈Profile〉eMC2018年取得、東京都多摩市在住。一般社団法人日本キャリア・カウンセリング学会理事、特定非営利活動法人ソサエティ・オブ・キャリアコンサルタント理事。妻・22歳大学生息子の家族、趣味は朝ジョギング。

泥くさいもん

 【人たらし】とは、人の心を掴むのがうまく、不思議に多くの人を引き付ける人のこと。まるで手品のような人と繋がる力を持つ長久保さん、何者なのでしょう。
 勤務先大手国際物流会社の人事部で、ダイバーシティ推進ユニットをパイオニアとなって立ち上げたのは4年前。産業保健体制を再構築し、舵取りしてきた剛腕ぶりは驚くばかりで、立ち上げ時1名だった産業医を6名に増員、保健師も2名常勤採用、国内16事業場で衛生委員会を機能させ、ストレスチェックの有効活用、休職者の復職支援の強化など、従業員のメンタルヘルスや、より良い職場環境の実現に熱心に取り組んできました。
 しかし、今ここに辿り着くまでには、忘れられない苦い思いや長い道のりがありました。
「社会人なったのは昭和の終わりで日本企業が海外に飛び出していった頃でした。30歳で営業職として約10年間英国に駐在、文化も価値観も全然違うなかで、「リスペクト&フェア」という考えを学んだ。当時の僕は日本企業が英国人を雇用してあげているという上下の考えだったけど、英国人と関係がうまくいかなくなったときに、「イギリスで僕らは仕事をさせてもらっているのでは?」って英国に長年にわたり在住する日本人に助言を受けてハッと目覚めたことがあった。
 それ以来コミュニケーションにはすごくこだわるようになりました。実は今にも繋がるところです」。
 帰国後は日本の営業部門で活動し、将来は海外現地法人のトップをやりたいと思っていたが、営業部門から本社企画総務部に異動となりました。
「そのとき、すごく考えました。僕らのキャリアは会社に支配されいるのだなと思った。でも、それに従ってしまう僕ら自身も会社に依存しているのだと…。イギリスは定年がなくて70歳でも仕事が同じなら年齢に関係なく同じ給料をもらっていて、給料を上げるためにはキャリア(経験)を生かしてどんどん転職していく。そんな働き方が普通にあることを30代で目の当たりしたときに、自分の状況に対して違和感も感じ始めていたのです。  で、40歳で帰国して想定外の異動を指示され、英国での経験を生かした働き方はさせて貰えないのんだって思った。同僚からは本社への異動はけしてマイナスなことではないとか言ってはもらいましたが、自分は全然望んでいなかったから、そうは思えなかった。キャリアについて40代からすごく考えるようになっていました」。

EAPやキャリアの
学びのきっかけ

 長久保さんは本社企画総務部で上場企業としての必要対応業務をこなす以外に自分が仕掛けた改善課題への取組みを行いたいと思って、人材に関するリスクマネジメントについて提案をしたが、上から「それは企画総部のあなたではなく、人事部に一任すればよいこと」って言われてしまった。「なら、泥くさいもんなりに何かやってやる!」と思い、人材について専門性を養う方法を探していたときにキャリアコンサルタントが目に入ったそうです。2015年のことでした。
「リカレントでの学びはすごく新鮮でした。クラスに本当にいろんな人がいて、みんなすごく仲がいい。同じ目標を持って共に頑張っていこうという利害関係抜きの塊みたいなもの、一番そういうものに飢えていた自分がいたんだなって。
 また、学問としてキャリアを学んだとき、モヤモヤしていたものがすごく整理整頓できた。良くも悪くも多くの企業人(特に日本では)は組織に支配され、また依存している、こういう捉え方って改めて日本独特の相互依存体制だなあとか。
 とても楽しかったですね。並行してカウンセリングというものを学んでいくなかで、会社でマネージャーとして部下と接している1対1の関係性とはまるで違う、クライエントとカウンセラーの関係性にとても興味と魅力を感じました」。
 そこから、どうしてEAPに繋がったのでしょう?
「キャリコン資格をとってからすぐに会社の労働組合の人たちにカウンセリングをやったら、まったく機能しなかった。『これって続けていて意味あるのですか?』なんて言われちゃって(笑)。
 その頃メンタルヘルスマネジメント検定1種の受験をリカレントからも勧められていて、EAPの役割について理解が深まったり、自身で会社へいろいろと指摘したこともあって、会社も法的な部分も含めて産業保健にはいろいろ問題を抱えていることを意識し始めていたので、EAPに関連する提案を始めたてから会社とのコラボもグッと前に進むようになって、その延長線上でメンタル不調者、休職復職者の人達とのカウンセリング的コミュニケーションを取ることも増えました。
 それが口コミで社内に広がっていって、窓口に設けているわけじゃないけど、ミドルシニアのキャリアカウンセリングをすることも多くなってきました」。
 EAPとキャリアのスキルを併せ持つことによって、今、新しいことにも積極的に取り組んでいるといいます。


ダイバーシティ推進ユニットのメンバーたちと

初の精神の障がい者雇用へ

「4月から障がい者(精神)雇用を本格的にスタートさせました。弊社は今まで積極的に手帳ホルダーを採用してはいなかったので、初の試みになります。法定雇用率にも、まだわずかに届いていないので、達成は当然だけど、もっと従業員たちが、障がいのある方と仕事を通じてコラボレーションすることができるのだという雰囲気を作っていきながら、多様性のある働き方を実現したい。
 身体・知的とかいろいろな障害があるなかで、今、弊社が業務上現実的に最もマッチングできるのが精神障がいの方。精神の方は症状や課題点も本当に様々で個別性が高い。定着して就労継続してもらうのは簡単ではありません。どうすれば本人たちに働きやすい会社と感じていただけるか、実際に定着してもらえるか、そこには丁寧な理解や配慮、工夫、十分な経験や専門的な勉強が必要だと思う。これも僕にはとてもやりがいを感じるところでもありますし、企業在籍型のキャリコンに求められる対人支援スキルの一つだと思っています」。
 また、5月からは精神保健福祉士の資格取得を目指して1年半のスクーリング受講がスタート。企業在籍型精神保健福祉士として活動することが今の大きな目標とのこと。


座右の銘は「Respect&Fair」

今の喜び

「僕は昨年定年退職で、再雇用での働き方になりました。現実的には給与は大きく下がり、残念ながらモチベーションを崩してしまう同世代は決して少なくないなか、自ら仕掛けてきた障がい者雇用事案を任せて貰えているなかで、いい意味で会社とWin-Winになってきているのではと思う。
 人事に人事に移ったときに、とある同僚に『いい年して好きなことばっかりやるなよ、好きなことと仕事は分けて考えろ!』みたいなことを言われたことがあった。でも、この間『相変わらず懲りずに仕掛けているなー』って言われて、好きを仕事にしてもよいことを少しは理解してもらえたのかなーって。
 そういう意味では、いろんなセットアップが形になってきた、これが自分流のキャリア形成なのかなと感じています。
 そんな長久保さん、これからをどう考えているのでしょう。
「自分って泥臭い、やたらと熱い。上の人にも違うって思うことは平気で言っちゃうから、好いてもらうか嫌われるか両極端。でも、めげずに突っ走ってしまうところがあった。若い頃からアサーティブさが欠けていた部分が多くあったと、今さら思うことが多いけど、カウンセリングの勉強を通じてアサーティブさ、柔らかさを少しは身につけてきたかな(笑)。  キャリコンという資格に出会ってからこれまで、少しずつだけど小さな自己実現を積み重ねてきたし、これからも積み重ねていきたいって思っています。
『人生思うようにはいかない! でも思うようにしかならない!』。人ってこうなりたいなーと思ってもなかなか思う通りいかないことって多い。だからといって思いを諦めてはダメで、思い続けていれば小さな自己実現でも積み重ねていくことができる。なりたい自分に確実に近づいていけるのだと思う」。