斎藤 実
Minoru SAITO

IT系東証プライム上場企業に勤続35年。システムエンジニアとして数多の現場を経験し、2003年から人事・人材開発部門へ。室長に就任してからは12年目になるという斎藤さん。「箱セミナー」のファシリテーターとしても活躍しています。

〈Profile〉eMC2018年取得、神奈川県逗子在住。ITコンサル会社で、人事組織開発部門マネージャー。アービンジャー公認ファシリテーター。妻・二人の大学生の息子たち。地元少年野球チームコーチ16年。

DVとパワハラと…

「良心や正義感って、本当は誰しもが持っているものと僕は思っています。それに気がつけた人は、誰かのために何かをしてあげたいとか、そういうふうに思うことができるようになるんじゃないかなって、僕は信じていますね」。
 穏やかな語り口調と柔らかな笑顔が印象的な斎藤さん。悩みを抱き始めた頃のことを打ち明けてくれました。
「40代半ば頃に『なんだか人生うまくいっていないんじゃないか?』って感じるようになったんです。今まで任されたことは結果を出してきたし、周りからも認められ、昇進・昇格もしてきたのに、この感覚は一体なんなんだと。
 それからは突然酒癖が悪くなって、職場で抑えていたストレスを家庭にも持ち込んだりして。実はこの頃、僕、家族に手をあげていたんですよ(苦笑)。物事がうまくいかないと直情的に噴火するタイプで、円満だと自分で勝手に思っていた家庭内が、実はぎこちなくて不自然で、家族との距離間が大きくなっていくのを感じました。
 その頃は自分の行動を一生懸命正当化しようとしていたんですよね。会社の中に流れる暗黙の価値観とか、子どもの頃に受けた親からの教育とか。親から受けたDVは自分もやってもいいんだ、じゃないですけど。
 会社でも部下やパートナー社員にキツく怒鳴って当たったり、詰問して追い込んだり、会社に来れなくなった部下やパートナー社員が何人もいました。親から受けた影響って大きかったんですね」。
 中学時代、行きたい高校を心に決めて勉強に励んでいながら、親の転勤で受験目前に大阪へ引っ越し。
「札幌に一人暮らししてでも残りたいと思ったけれど、父に『お前なんかついて来ればいいんだ!』と一喝されてしまった。大学受験では浪人させてほしいと直談判をしたものの、合格していた大学が父の母校だったことで、『お前、俺の大学を馬鹿にするのか!』って言われて、他の大学を受け直すことはできませんでした。
 父にはいろいろ取りあげられた記憶があります。行きたい高校にも大学にも行かせてもらえず、自分の人生を父一人の都合ですべて作られちゃったなって。当時は父を恨みましたね。けれど、大学で有名なITの教授に出会えたおかげで、今の会社に入り、好きなことをやってこれました。今では93歳で、札幌で暮らしている父のもとに年に数回は顔を出して、親孝行しています(笑)」。
 理不尽さや不自由さのなかにも自分の好きなことを見つけ出し、掴み取る力を斎藤さんは持っていたのです。

「箱セミナー」に救われた

 悩んでいた斎藤さんを救ってくれたのが、現在社内やプライベートでファシリーテーターとしても活躍している「箱セミナー」との出会いでした。
「ITのエンジニアを15年やってきたところで、上司からの勧めで人事・人材開発部門に移ったんですが、そのタイミングで上司から『スタッフとして「箱セミナー」に行ってきて』って言われたんです。『職場にその研修を広めたいから』って、その時は言われましたけど、今、思えば『こいつが変わらなきゃダメだ!』って上司は思って僕を送ったんじゃないか、って思ってます(笑)。
「箱セミナー」は、その人の内省を促すんですけど、本当に参加してよかった。僕はパワハラ系の人物像を自分で作っていたのかもしれないって気づいたんです。鎧を着ていたというか……。『本当の自分ってこんなんじゃないよな』って。正義感とか良心をあらためて感じた瞬間で、それに対して自分があまりにも素直になっていなかった、とわかった瞬間だった。すごく悲しくなって、セミナー中に泣いてしまったのを覚えています。
 それから「箱セミナー」のファシリテーターの資格を1年半かけて取得し、今、務めていますが、思うのは『自分が幸せなところにいなければいけない』ということ。自分を犠牲にして誰かを助けることをしていると、必ず被害者意識っていうのが自分の中に生まれてくる。
 この被害者意識が昔、自分はものすごく強かった。これは仕事だからって自分に言い聞かせて、自分を正当化していました。心の持ち方について話をするセミナーだから、自分の心の持ち方は常に意識しています。最近は自己正当化することが随分と減ってきたように思います」。


対面セミナーのあつらえ

EAPを学ぶきっかけ

「箱セミナー」で多くの気づきを得た斎藤さん。EAPを学ぶきっかけはなんだったのでしょう?
「2011年に今の部署の室長になったんですけど、部下は8割がた精神疾患の経験者なんです。当時100時間残業が当たり前な時代で、みんなワーカーホリックみたいな状態が慢性化していました。現場で体を壊した人たちが僕の部下として入ってくることが多くて、それである時、統合失調症の部下ができたんです。彼が体調を崩して出社できなくなったとき、『僕、メンタルヘルスも精神疾患もなんにも知らないじゃん』って思い知らされました。
 知識がないから彼のこともわからなくて、すごく不安だったし、苦労しました。知識があれば対応もずっと早くできただろうし、何より彼が苦しんでいた時間をもっと短くできたんじゃないかって。昔、僕がパワハラをして苦しめてしまった部下やパートナー社員のことも思い出したんですよね。すごく後悔したことも……。
 ちゃんと勉強しようと思って、それでリカレントに通いました。何も知識がなく働いていた自分が恥ずかしくなりましたね」。

今、ここ

「今、会社でカウンセリングやキャリアコンサルタントの資格を持ったメンバーたちと、カウンセリングルームを設けて社員の話を聴いているんです。独りでやるよりいろんな人とやったほうが、相談に来た社員も、より合うタイプの聴き手と出会えていいだろうな、と思って。
 今は4人で話を聴いていますが、今後もっと増やしていきたいと思ってます。750人の社員がいて、利用者は月10人くらいかな。今どの会社も「1on1」を推進しているけど、上司と部下でプライベートの話をするのはなかなか難しい。
 キャリア相談なんかも部下は上司にはしにくいですし、上司も部下を繋ぎ止めたいですしね(苦笑)。キャリア相談や逃避の話なんかも多いですね。『今の仕事から逃げたい』みたいな……。
 うちの会社はお客様に合ったITサービスを提供するという仕事内容で、お客様から距離があまり取れず、いつも傍にいないといけないことが多いので、お客様の要求が多かったり高かったりすると、とても大変なんです。『これやってくれないなら支払いをとめる!』のようなこと言われたり。それでうつみたいになってしまう社員も多い。
 僕のカウンセリングルームに来る方は、そういう方が多いです。eMCの知識と資格がそこで活きています」。


オフィスにて

これから

「ゆくゆくは会社を作りたいですね。メンタルヘルスカウンセラーも続けたいし、人材開発の組織開発のコンサルティングや人事制度も作れると思うんです。自分の好きな仕事を続けられるといい。本なんかも書けるといいな。いろいろありますね(笑)」。
 自身の課題を乗り越え、公私共に充実した生活を送っている斎藤さん。今こうして「幸せなところ」に自分が居るから、カラフルに見えてきたビジョンがあり、その手を差し出したい人たちがいます。