松浦 孝治  
Takaharu MATSUURA

ITから福祉への大きなキャリアチェンジ。人との出会いや人の心への興味が、松浦さんのキャリアを紡いでいます。

〈Profile〉eMC2019年取得、神奈川県在住。リワーク施設の支援員。趣味は読書とマリンスポーツ。

思い切ったキャリアチェンジ

 IT業界での約20年のキャリアを経て、福祉業界へ。大きなキャリアチェンジを決断した松浦さん。どんな背景があったのでしょうか。
「新卒で入社したのが1999年。20年くらいシステムエンジニアの仕事をしてきましたが、正直システムの仕事をしたくて入社したわけではなかったんです。ふわふわして何していいかよくわからない状態で、システム系の求人だけは多かったんですよ。
 その頃って、残業を減らそうという動きが起こる前夜の時代でしたよね。一番大変だったときは1~2週間、帰れなくて泊まり込むこともありました。椅子で寝て起きてまた仕事。周りで心身のバランスを崩して、辞めていく人や来なくなる人もいました。この状況を誰も良く思っていないけれど、疲れ切っていて変えていける要素がない。そこから少しずつ「働くってなんだろう」「組織ってなんなんだろう」とモヤモヤ考えるようになりました。
 それでも最初の何年間かは覚えるのに必死で、それなりにできることも増えていって面白さはあったんですが、仕事がこなせるようになってくると、どこかくすぶった感じがするんですよね。「他になにしていいかわからないからシステムの仕事はしているけれども、これをこの先ずっとやっていくってどうなんだろう」とぼんやり思っていました。
 じゃ、どうしたいのか? その問いに対する答えは、なかなか見つけられなかったんですが、徐々に人の心と向き合う・心を学ぶ面白さに気付いて、その結果、学びを活かせる仕事ってなんだろうと探すなかで福祉に行きついたという感じですね」。

もともと自分のなかにあった
「人への興味」

 人に向き合う面白さに気づいたのは、何かきっかけがあったのでしょうか?
「ある自治体が業務を民間にアウトソースすることになって、その業務を請け負う会社に協力会社として関わったことがあったんです。システム開発の仕事ではなくて、その業務でトラブルがあったときに原因を構造的に分析して対処する役回りでした。原因を突きとめるために、たくさんのステークホルダーの話を聴いていくんですね。関わる人は200人くらいいて、いろんな人に強制的に話を聴かないといけなくて、そうしているうちに関係性が深まる人もいれば、そうならない人もいました。そのなかで、人と関わりながら仕事をすることが楽しいのかもしれないな、と気づいたんです。
 システム開発のときは、お客さんも我々も協力会社も同じシステムの前提で話すんですけど、そこでのヒアリングの相手にはパートのおばちゃんとかもいて、バックグラウンドのパターンが無限にある。その業務というのが税金の徴収業務だったもので、みんな楽しんでやりたくてやっている仕事というわけではないんですよね。私自身も、お客さんに報告しないといけない、怒られる・詰められるというプレッシャーがありました。プレッシャーがなかったらあんなに一所懸命やってなかったですね。
 夜な夜な遅くまで終わらない忙しさのなかで、お互い助け合うことも出てきます。だんだんと関係性ができていって、相手のバックグラウンドや個性の違いが見えてきて、人となりが見えてくるんですよね。  例えば、質問しにいくと怖いおばちゃん。実は、話せるようになると、そういう方が一番親身になって教えてくれたりするんですよ。あと、忙しいのにしょっちゅう飲みに行く人。厳しいお客さんで、時間をかけてお互いの人となりがわかって、最終的にはお世話になったな、という人もいました。システム開発のときはピンときていなかったけれど、人と関わる場面が多いほうがやりがいがある、人への興味が自分の中に元々あったのかもしれない、と気付づせてくれた経験でした」。

心について学ぶ楽しさ

 システムエンジニアとしての仕事の傍ら、EAPの勉強も始めたという松浦さん。人の心への強い興味は、どんなところにあったのでしょう。
「いろんな経験して、いろんな人と出会って、今その人がいる。たとえ同じ出来事を経験して同じ人と出会ったとしても、一人ひとりみんな違う。それを知るためのひとつのアプローチが、心理学なんだと考えています。人ってなんでこうなんだろう? なんでそういうことしちゃうんだろう? と思ったときに、その人を良いとか迷惑だとか評価するのではなく、その人なりの歴史があって理由があって、その人の在り方や行動に至ったんだろうな、と思うんですよ。それを解き明かしていくアプローチとして、強く惹かれますね」。
 現在は自立支援やリワークプログラムを提供する施設で働く松浦さんですが、EAPでの学びを経て、どんなところにやりがいを感じているのでしょう。
「EAPを学んでいるとき、例えば傾聴とか「あってんのかなこれ」と思うときの方が多かったんですよね。でも、その試行錯誤があったからこそ、今それなりに利用者さんのお話を聴けてるのかなと思います。「元々その人が持っているものがいっぱいある」ということを学べたのも大きかったですね。その人ご自身はもしかしたらまだ気づいていないかもしれないけれど、もうすでに持っているもの。それを引き出して、興味関心やスキルとどうヒットするのかという視点で関わって…「その人がもともと持っているポテンシャルが花開けばいいのかな」と思っています。
 今は支援員として利用者さんとお話しするんですが、利用者さんこそ本当に多様なバックグラウンドで、いろんな歴史を経て事業所に来ている。話をうかがっていると「そりゃ大変だったよね」ということがいっぱいあって、だからこの人はこういう価値観で、考え方で生活してるんだな、とわかると嬉しいですね。
 利用者さんも話をするなかで、ご自身について何かが明確になるというか、気づかれる瞬間があるんです。事業所では自己理解のために、長く自分について考えてもらうプログラムもあるんですが、人によっては過去の辛い経験に行き当たって苦しい作業なんですよね。それでもそこにじっくり向き合っていくと「今までになかった言葉が出てきた」とおっしゃられるんです。その瞬間に立ち会えるのが、たまらなく楽しい。「おぉ!そうですか…!」と思わず声が出てしまう。
 そうですね、人が何かに気づいた瞬間に立ち会えることが、私は何より好きなんだと思います。気づきをサポートできるように、EAP講座で学んだ問いかけや繰り返し、要約は今も意識していますね」。


忙しい合間を縫って仕事の後、新宿に写真撮影に駆け付けてくれた松浦さん

これからも目の前の人と
向き合っていく

 福祉業界2年目。この先、松浦さんが目指すのはどんな姿なのでしょうか。
「イメージするのは、目の前に人がいて、話していて何かが明確になっていく場面を見続ける、ということ。人と向き合い続けたい、それが一番好きなので。
 今の会社でやりたいことというと、自己理解プログラムのフォロー・探求プログラムを新しくできたらと思っています。今あるプログラムのワークの結果を利用者さんと深めるための枠、という感じです。ワーク後に利用者さんの元々もっているものを探求していくことは、利用者さんにも役に立つと思いますし、自分も楽しいですし」。
 松浦さんが目の前のクライエントと一緒に紡ぐ「気づき」の時間。宝物を探す子どものようなキラキラした瞳には、強い意志が秘められていました。